広島県福山市北吉津町にある妙政寺は、備後福山藩主水野美作守勝俊公の菩提寺として知られています。この寺院は、日蓮宗の宗門伝導の拠点として備後地方で重要な役割を果たしてきた歴史を持っています。
妙政寺は、天正年中(1573年以降)に三州刈谷で創建され、後に大和郡山へ移転し、寛永五年(1628年)には福山寺町の寿量山寂圓寺の跡地に移転しました。寛文六年(1666年)には、水野家家老の上田玄藩氏が吉津の弘宗寺を取り除き、その跡地を含めて規模を拡張して移転再興しました。この寺院は、江戸幕府の仏教保護政策に呼応して隆盛を極め、多くの帰依信奉者を続出させました。
現在、妙政寺は、戦災後の備後福山市における最大級の寺院として、その偉容に圧倒されます。大本堂、新築なった近代的設備を誇る大庫裡、旧来の山門、仁王門、小堂(隠居所)、観音堂、水野家位牌堂、鐘楼堂、改築された位牌堂(釈迦堂)、大庭園などが完備されています。特に、水野重郎三衛門氏並びに宮本武蔵氏、平井氏寄進の六角型大石灯籠一対や、鐘楼にみる大梵鐘は福山にとって由緒深いものです。
広島県福山市北吉津町1丁目6-7